最近ますます注目度を増しているESG、SDGs――その本場とも言える当社ロンドン拠点のKarin Ri責任投資スペシャリストから、最新のトピックを定期的にお送りします。今号は第1号として、「気候変動と財務開示」についてお送りします。
Karin Ri(カリン・リー) 責任投資スペシャリスト 10年以上にわたってHermes Investment Management社 で責任投資やESGエンゲージメント活動等に従事した後、みずほインターナショナルでコーポレートガバナンススペシャリストとして勤務し、2017年より現職。大阪大学で経済学部及び修士課程修了、米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)でMBAを取得。CFA協会認定証券アナリスト。 |
近年、サステナビリティ、特に気候変動に関する情報開示は大きく進展しています。TCFDやSASB、GRI、IIRC、 CDP等(注1)の数多くの既存フレームワークや基準に注目が集まっています。しかし現在、気候変動に関する情報の多くが、会計監査の対象となる財務諸表とは切り離されて、主にサステナビリティレポートや、IFRSの「マネジメントコメンタリー」等での定性的な記述情報として開示されています。このニューズレターでは、IASB(国際会計基準審議会)理事のニック・アンダーソン氏が発表した「IFRS Standards and Climate-related Disclosures(注2)(IFRS基準と気候関連の開示)」で示されている気候関連情報の財務諸表上での開示について、ご紹介したいと思います。
そのIASBの書簡は新しい基準を制定しているわけではなく、既存のIFRS基準と開示要件を省みる内容となっています。IFRS基準の中にすでに記載されていることは何か、それがどのように気候関連やその他のエマージングリスク(新たに出現してきているリスク)に関係しているか、IASBのガイダンス(プラクティスステートメント)に沿ってどのようにマテリアリティの判断をすべきか、等を示しています。つまり、「気候変動」という文言そのものは言及されていないにも関わらず、IFRS基準では気候変動リスクやその他のエマージングリスクについても財務諸表上での開示が求められているということです。
書簡では、資産評価や減損処理、資産の耐用年数、損失となる可能性のある契約、制裁金や罰則により生じる引当金や負債、ローン等の金融資産に対する償却等、気候変動を考慮した場合に影響を受ける可能性のある財務項目のリストを示しています。網羅性のあるリストではないものの、これらはマテリアリティの判断をする際に企業が気候変動リスクを考慮する必要があるIFRS基準の例です。
IASBの書簡が示そうとしている主な論点は3つあります。
(1)マテリアリティの判断は財務諸表を作成する側(企業)が行うものの、マテリアリティはその利用者(投資家)の視点で考慮される必要があります。言い換えれば、企業は投資家の意思決定に影響を与える可能性がある情報を開示するべきであるということです。
(2)マテリアリティの判断は、金額的な影響(定量的な要素)、質的な重要性(定性的な要素)、またはそれらの両方に基づいています。そのため、その判断は、常に定量的な閾値に沿うわけではなく、定性的な外部要因をも考慮しなければなりません。
(3)他の書類(例えば、サステナビリティレポートやマネジメントコメンタリー等での定性的な記述情報等)における気候変動に関する情報開示が、財務諸表における必要な開示に取って代わるものにはなりません。
IFRS基準は、柔軟な解釈が可能な原則主義に基づいて定められており、実行するにあたってはどのように実際に適用していくかが重要になります。IFRS基準では「気候変動」について明示的に触れられているわけではありませんが、このIASB書簡により、IFRS基準は財務諸表上や注記における気候変動に関する事項にも適用されるということが明確化され、記述開示と一貫性のあるレポーティングに繋がることが期待されます。これまでの非財務情報開示との溝を埋めるために、気候変動に関連した重要なリスクを会計監査の対象である財務諸表に反映させることの必要性が強調されるとともに、重要性の判断に基づいて財務報告の背景となっている前提条件についても企業は開示するべきだと提案されています。
財務諸表上の数値は企業業績の測定や設備投資と配当等の資本配分の決定、役員報酬の決定等にあたって参考にされるため、短期と長期にわたって重要な気候関連のリスクが適切に反映されることは重要です。それは投資家が投資判断をする際や企業とエンゲージメントする際にも重要な情報となります。近年では、グローバルな投資家は積極的に気候変動に関連するエンゲージメントを行っています。投資家の間では、気候変動は投資判断する際にきわめて重要なリスクの一つであるというコンセンサスが形成されつつあります。
財務内容の開示においては、将来に対する予測や判断が求められます。IFRS基準は原則主義的アプローチとなるため、こうした財務開示における考慮と実践が広く認識され適用されることは容易ではありません。
したがって、効果的にIFRS基準を実行するためには、企業情報開示にかかわる関係者全員(企業、監査役会、監査人、規制当局、投資家)がそれぞれの役割を果たさなければなりません。企業は、このIASB書簡に示された趣旨に対応して、財務諸表に気候変動による重大な影響を反映する必要があります。監査人は企業に対して気候変動リスクが充分に考慮されているか、あるいはどのように考慮されているのかを精査し、必要な場合に疑問を呈し、公表される財務数値の前提条件の開示を働きかけることが期待されます。規制当局は企業と監査人の双方に対して、気候リスクに関するIFRS基準の要求事項に従っていることを確かめる必要があります。一方で、投資家・株主はスチュワードシップ活動やエンゲージメントでの対話を通じて、気候関連の財務報告において自分たちが何を期待しているのかをより明確に示し、財務分析や投資判断の際に重要な気候変動リスクを考慮する必要があるでしょう。
BP社が原油価格見通しを引き下げて巨額の減損を発表したことは大きな注目を集めました。この発表によって、財務報告の開示における気候関連リスクやその他のエマージングリスクの影響の大きさが明らかとなりました。気候変動の影響は、様々な業種の企業に対してもリスクをもたらし、それについての精査と開示に関するプレッシャーが高まることになりそうです。
昨年11月に発行されたこのIASB書簡は、当時はあまり認知されていませんでしたが、最近、ICGNやICAEW、CFA UK等(注4)で幅広く議論されており、PRIによっても取り上げられています(注)。今後、こうした財務上での開示を求める動きがグローバル投資家の中に更に広がりそうです。米国や日本など、IFRSが一般的に適用されていない国でも注目される可能性があるでしょう。
この書簡は、IFRS基準に従う企業は重要な気候変動リスクを財務報告で反映させるべきだということを明確化しています。これは既存のIFRS基準の枠組みの下でも取り組むことが可能であり、かつ必要とされることです。
何が重要か、何が財務諸表上で報告されるべきか、を判断するためには、何が投資家にとって重要か、を考慮すべきです。グローバル投資家の様々なイニシアティブや取組みで見られる通り、投資家の中で気候変動の重要性に対する認識が急速に高まってきたことを踏まえれば、重大な気候変動リスクに関する質の高い情報開示への要求は引き続き強まる見込みです。記述情報も非常に重要ではあるものの、投資家・株主は気候変動が財務諸表にどのように影響し数値に反映するかを把握する必要があります。そしてそのような開示の進歩によって、首尾一貫した情報開示が実践され、TCFDやSASBといった他の情報開示のフレームワークや基準を補完するものとなるでしょう。
前章で述べた通り、効果的にこのIASB書簡で示された要求事項を適用するためには、関係者全員に責任と役割があります。AM Oneでは、グローバルな投資家のイニシアティブであるClimate Action 100+(注6)が2017年に発足して以来、グローバルに石油や資源、自動車セクター等の企業に対する協働エンゲージメントに参加し、活発な活動を続けています。また、AM Oneは英国財務報告評議会(FRC:Financial Reporting Council)のFuture of Corporate Reporting Advisory Group の委員でもあり、2019年の気候変動情報開示に関するプロジェクト(注7)を含めたFRCのFinancial Reporting Labによる様々な活動に積極的に貢献し続けている唯一の日系資産運用会社でもあります。企業レポーティングと監査のさらなる改善を目的として、UK Investment Associationの Company Reporting and Auditing Group(CRAG)のコアメンバーとして、定期的に主な監査法人や英国規制当局との協働エンゲージメントにも参加してきました。
気候変動は、システミックかつ複雑なグローバル課題です。AM Oneがグローバルで様々なイニシアティブや議論に積極的に参加し、国内外における投資先の個別企業とのエンゲージメント、ベストプラクティスの促進や官公庁への働き掛け等、広範なスチュワードシップ活動を行うことが、顧客や受益者に信頼される資産運用会社として持続的な価値向上に貢献し説明責任を果たすことにつながると信じています。
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