アセットマネジメントOne 未来をはぐくむ研究所

【特別寄稿】
なぜ、今、「資産運用立国」なのか ⑥

2025/06/20

今回は、インベストメント・チェーンにおける販売会社に向けた取組を見てみたい。
リテール投資家に対する資産運用商品の販売会社について考えてみると、主とした対象は、証券会社や銀行といった金融事業者をイメージすれば、分かりやすいであろう。こうした金融事業者に対しては、顧客が金融商品に伴うリスクや費用を事前に十分に理解したうえで適切な判断を下すことができるようにする為の顧客への事前説明義務や、また、顧客の知識、経験、財産の状況及び金融商品取引契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘が行われないようにする為の適合性の原則といった投資家保護の措置が課されている。

こうした措置に加え、金融庁は、更なる金融商品の分かりやすさの向上や利益相反管理態勢の整備を図る目的で累次の法令改正等を行い、投資家保護の取組を進めてきたが、一方でこれらが最低基準と見做され、金融事業者による形式的・画一的な対応を助長してきた面も否めない。本来は、金融事業者自らが主体的に創意工夫を発揮し、ベスト・プラクティスを目指して顧客本位の良質な金融商品・サービスの提供を競い合い、より良い取組を行う金融事業者が顧客から選択されていくというメカニズムを実現させることが望ましいと考えられる。
換言をすれば、当局は、従来型のルールベースでの対応を重ねるのではなく、むしろ、顧客本位の業務運営に関する原則を策定するといったプリンシプルベースのアプローチに止める。そして、それぞれの金融事業者自らがその原則を踏まえて何が顧客のためになるかを具体的に考え、その取組方針を公表する。それによって、良い金融商品・サービスを提供する金融事業者が顧客から選ばれ、そうでない金融事業者は淘汰されていくという市場原理を通して全体の商品・サービスの質の向上と底上げが図られることを目指していくということである。

こうした考え方に立脚し、2017年に、金融庁は、顧客の最善の利益の追求、利益相反の適切な管理、手数料等の明確化、重要な情報の分かりやすい提供、顧客にふさわしいサービスの提供、及び従業員に対する適切な動機付けの枠組みの整備等を内容とする顧客本位の業務運営の原則を公表した。

こうした施策は一定の成果を上げた一方で、①各金融事業者が公表をする顧客本位の業務運営に係る取組方針の内容が、抽象的かつ画一的で他の金融事業者との違いが分かりにくい、また、②この顧客本位の業務運営の原則を採択していない、或いは採択はしていても取組方針を公表していない金融事業者も多く存在している、更には③そもそも投資家側で、各金融事業者がこうした取組方針を公表していることを知らない、または知っていても利用するつもりがないと考えている、といった問題が明らかになってきた。これではいつまで経っても市場原理は働かない。
他方で、依然として、リスクが分かりにくくコストが合理的でない可能性のある商品が推奨・販売されているのではないか、顧客利益よりも販売促進を優先した金融商品の組成・管理が行われているのではないか、といった課題が指摘される状況が続いた。 こうした背景の下、金融庁は、顧客に対して誠実・公正に業務を行い顧客の最善の利益を図るべきであるということを、広く金融事業者一般に共通する義務として法律に定めることにより、この取組を更に一歩踏み込んだものとし、顧客本位の業務運営の一層の定着・底上げを図ることとした。

このような経緯で2024年に顧客最善の利益は法令上の義務として定められることとなったが、取組の原点を見失わないようにすることが大切である。それは、そもそも「顧客の最善の利益」は、顧客一人ひとりによって、また、同一の顧客であっても当該顧客の置かれた状況等により異なり得るものであり、更に、それを実現する方法についても金融事業者のビジネスモデル等によって異なり得るものであるということである。
従って、具体的にどのように取組むべきかについては、各金融事業者がその状況に応じて考えるべきものであり、法令上の義務になったからといって、画一的にこうあるべきであると当局から定められて天から降ってくるものではない。各金融事業者は、こうした点を十分に理解したうえで、是非、創意工夫を発揮し、互いに切磋琢磨し、金融商品・サービスの差別化・高度化を競っていくことが求められる。

(執筆 : 森田 宗男)

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