アセットマネジメントOne 未来をはぐくむ研究所

【特別寄稿】
なぜ、今、「資産運用立国」なのか ⑤

2025/04/11

前回に続き、インベストメント・チェーンのそれぞれの主体に向けた取組をみてみよう。

まずは、家計(個人投資家)である。先に、日本版金融ビッグバンが当初期待していた成果が上がらなかった原因の一つとして、家計に向けた政策的な後押しが不足していたということを指摘した。
家計に向けた取組は、大きく①税制上の支援と②金融経済教育があげられる。2022年に岸田内閣が取りまとめた「資産所得倍増プラン」においては、第一の柱として「NISAの抜本的拡充や恒久化」が掲げられ、また第三の柱として「消費者に対して中立的で信頼できるアドバイスの提供を促すための仕組みの創設」、また第五の柱として「金融経済教育の充実」が掲げられている。
このいずれの取組の面においても、英国の取組を参考にしつつ、進められた。

まず、税制上の支援である。英国では、ISA(Individual Savings Account)という税制上の支援措置(2024会計年度においては、年間2万ポンドまで、非課税で運用可能)が存在している。具体的には、Cash ISA(銀行預貯金等)、Stocks and Shares ISA(株式、投資信託、公社債等)、Innovative Finance ISA(クラウドファンディング等)及びLifetime ISA(毎年4千ポンド以下の積立を50歳まで行い、それに対し政府が一定の補助を与えるもの)等が存在し、個人がそれらの制度に運用資産を振り分けることとされている。
我が国では、この制度を参考に、日本版ISA(通称NISA:当初は年間100万円までの投資枠における株式・株式投資信託の投資については、売却益と配当所得が5年間非課税という形でスタート。10年間の時限措置)を2014年1月より導入し、更に2018年には、特に投資初心者や資産形成層に対して長期・積立・分散投資を根付かせることを狙いとして、つみたてNISA(年間40万円の投資枠で積立期間20年間。既存NISAとの選択制)を導入した。
今般の「資産所得倍増計画」の施策の一環として、非課税保有期間を無制限とし、つみたて投資枠(年間投資枠120万円)及び成長投資枠(年間投資枠240万円)が非課税保有限度額1800万円の総枠の下で併用が可とされたうえで、制度が恒久化されることとなった。この新しいNISA制度は2024年1月から開始されている。

金融経済教育については、英国では、国家的課題として国家戦略を策定して取り組んでいる。公教育では11歳から16歳の間の公民の授業、及び、5歳から16歳の数学の授業で取組むこととされている。
また、投資・年金・債務など領域横断で金融教育などのサービスを提供する国の専担組織(The Money and Pensions Service:通称MaPS)が存在する。MaPSでは、ポータルサイト(Moneyhelper)を通じて基本的知識等の金融経済教育を提供するほか、アプリを通じた相談、金融アドバイザーを選定する為の登録簿の整備やガイダンス、資産形成シミュレーション・ツールなどを提供している。
我が国においても、学校教育のカリキュラムに金融経済教育が取り入れられたとともに、2024年4月には、金融経済教育推進機構(通称J-FLEC)が設立され、同年8月より本格稼働されている。この金融経済教育推進機構は、金融庁を始めとした政府、各種業界団体や日本銀行が事務局を務めていた金融広報中央委員会の機能を結集して作られた組織で、主要な事業内容としては、①講師派遣事業、②イベント・セミナー事業、③個別相談事業、及び④認定アドバイザー事業を行うこととされている。今後は、この金融経済教育推進機構を司令塔として、金融経済教育を進めていくことが期待される。

最後に、2024年5月に、英国下院の文教委員会が「効果的な金融教育の提供について」という報告書を取り纏めているので、その主な提言をみてみたい。この報告書では、まず、金融教育の恩恵と重要性は広く受け入れられている一方で、特に初等教育の現場ではもっと拡充する余地があることには異論はないという認識を示している。
そのうえで、①政府は数学のカリキュラムにおいて金融教育の内容を初等・中等教育で拡充すべき、②高等教育においても、金融リテラシーをカリキュラムの基本的な部分として入れ込むべき、③こうした教育を行うことが出来る専門的な数学の教師を採用すべき、④効果的な金融教育を行う為に、金融教育コーディネーターを各学校で任用すべき、⑤質の高い金融教育の教材を作るべく、文部省は業界や他の省庁と連携を強化すべき、との提言がなされている。 我が国においても、このように、金融経済教育が国家的な課題として十分に認識され、一層活発な議論がなされることが望まれる。

(執筆 : 森田 宗男)

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