【社会保険シリーズ】老齢年金の繰上げ・繰下げをするときのポイント(前編)
2025/05/16

老齢年金の受給開始年齢を繰上げたり、繰下げたりできることをご存じの方は多いと思いますが、累積した年金受給額の損益分岐点で語られることが多く、これらを参考にして判断するしかないのが実情です。本コラムでは、そうした損得だけでは語れない老齢年金の繰上げ・繰下げのポイントについて説明したいと思います。
本コラムでは、老齢基礎年金と老齢厚生年金を合わせて老齢年金と呼ぶことにします。老齢年金は、原則として65歳になったときに支給が始まり、亡くなるまで一生涯受け取ることができる終身年金です。
筆者は、老齢年金の繰上げ・繰下げの仕組みをしっかりと理解し、ライフプランニングに生かして頂きたいと思っていますが、その時に重視したいのは「定期的な収入の谷を作らない」ということです。
2021年4月に高年齢者雇用確保措置が完全に義務化されましたので、わが国の企業は65歳までの定年の引上げか、希望者全員の65歳までの継続雇用制度の導入、もしくは定年の定めの廃止を行っています。さらに、高年齢者就業確保措置(70歳までの就業機会確保)が努力義務となりましたので、将来的には70歳まで働くことのできる環境が整っていくのではないかと予想しています。
人の寿命は誰にも分かりません。ですから、何歳から年金をもらうと得か?と損得で考えるよりも、「働けなくなったら年金をもらい始める」というようにシンプルに考えた方が良いのではないかと考えています。
勿論、「退職した後に雇用保険の基本手当や高年齢求職者給付金を受給したい」、「老齢年金を受給し始めてから並行してアルバイトで手取りを増やしたい」など個々人の事情やライフスタイルに合わせてお考え頂ければ良いかと思います。 そうすれば、リスク許容度を考えながら、例えば勤労収入を得られている間は積立投資を継続し、年金収入のみとなった時には、それを取り崩し始めるといった資産運用戦略もシンプルに考えられるようになると思っています。
繰上げ・繰下げしている人はどれくらいいるのか?
老齢年金は一度受給を始めると、繰上げ・繰下げによる増減率は一生変わりませんので、繰上げ・繰下げの判断は慎重に行う必要があります。その際に重視するポイントとしては、それぞれの家族構成や働き方、年金受給額などによって異なります。平均余命の男女差を考えると、男性であれば60~70歳、女性であれば65~75歳の間のどこかのタイミングで受給開始するという考え方もあると思います。
では、老齢年金を繰上げ・繰下げしている人はどれくらいいるのでしょうか?
厚生労働省が発表している資料によると、ほとんどの方が原則である65歳から受給を開始しているようです。国民年金を繰上げしている人は24.5%もいるのに、厚生年金(国民年金と同時)を繰上げしている人は0.9%しかいません。ねんきん定期便に繰下げ受給額が記載されるようになりましたが、実際に繰下げしている人は、まだまだ多くはないようです。
【老齢年金の繰上げ・繰下げ受給の状況】
(出所)「厚生年金保険・国民年金事業年報(令和5年度)」(厚生労働省)よりアセットマネジメントOne作成
老齢年金の繰上げ・繰下げの仕組み
まず、支給繰上げについてですが、老齢基礎年金と老齢厚生年金は、原則として65歳から受け取ることができますが、希望すれば60歳から65歳になるまでの間に受け取ることができます。ただし、支給繰上げの請求をした年齢に応じて年金額が下記のように計算された減額率で減額され、その減額された年金額が一生涯支給されることになります。
また、老齢基礎年金と老齢厚生年金は同時に繰上げの請求をしなければなりません。
減額率=0.4%*1×繰上げ請求月から65歳に達する日の前月までの月数*2
*1 昭和37年4月1日以前生まれの人の減額率は、0.5%となります。
*2 特別支給の老齢厚生年金を受給できる人の老齢厚生年金の減額率は、特別支給の老齢厚生年金の受給開始年齢に達する日の前月までの月数で計算します。
次に支給繰下げですが、老齢基礎年金と老齢厚生年金は、本来支給の65歳で受け取らずに66歳以後75歳までの間で繰下げの申出を行うことができます。その場合は、繰り下げた期間に応じて年金額が下記のように計算された増額率で増額され、その増額された年金額を一生涯受け取ることができます。なお、支給繰上げと異なり、支給繰下げは老齢基礎年金と老齢厚生年金を別々に繰下げできます。
増額率=0.7%×65歳に達した月から繰下げ申出月*1の前月までの月数
*1 昭和27年4月1日以前生まれの人は、繰下げの上限年齢が70歳までとなります。
では、老齢年金の繰上げ・繰下げをもう少し詳しく見てみましょう。 例えば、65歳から受給できる年金が月額150,000円(=老齢基礎年金50,000円+老齢厚生年金100,000円)の人がいるとします。この人が60歳で受給を開始すると月額114,000円(=38,000円+76,000円)、70歳で受給を開始すると213,000円(=71,000円+142,000円)、75歳で受給を開始すると月額276,000円(=92,000円+184,000円)となります。
【老齢年金の繰上げ・繰下げの仕組み】
特別支給の老齢厚生年金は繰上げ・繰下げできるか?
現在、老齢厚生年金の支給開始年齢を65歳に引き上げている途中で、経過措置として、昭和36年4月1日以前生まれの男性会社員と女性公務員等、昭和41年4月1日以前生まれの女性会社員を対象に「特別支給の老齢厚生年金」が支給されています。
この特別支給の老齢厚生年金は65歳で受給権が消滅するため支給繰上げはできますが、支給繰下げを行うことはできません。また、特別支給の老齢厚生年金の支給繰上げを行う場合には、老齢基礎年金も一緒に繰上げ受給をすることになります。
例えば、特別支給の老齢厚生年金を64歳から受給できる人であれば、下図のようになります。
【別支給の老齢厚生年金(報酬比例部分)の繰上げの仕組み】
なお、支給繰上げしている特別支給の老齢厚生年金を受給している人が、引き続き働いている場合には、本来の特別支給の老齢厚生年金の受給開始年齢に達した時と65歳に達した時に、働いている期間(被保険者期間)の分だけ老齢厚生年金の額が増額されることになります。
後編では、老齢年金の繰上げ・繰下げについて、主な注意点や誤りやすいポイントなどについて解説していきます。
(執筆 : 花村 泰廣)