【社会保険シリーズ】2024年「財政検証」を読み解く① ~公的年金の健康診断の結果は?~
2024/07/31

2024年7月に公表された公的年金の健康診断とも言われる「財政検証」について、2回に分けて取り上げ、1回目は「財政検証」の結果について見ていきたいと思います。
今回の財政検証の内容は5年前に比べて改善を見せており、女性や高齢者の厚生年金加入者が今後増加していく見込みであることや、最近の世界的な株価上昇を受けて積立金の運用が好調であったことなどが背景にあるようです。
財政検証とは
2024年7月に、厚生労働省より「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し(財政検証)」が発表されました。
国民年金法及び厚生年金保険法において、政府は少なくとも5年ごとに、国民年金・厚生年金の財政に係る収支についてその現況及び財政均衡期間における見通し(財政の現況及び見通し)を作成しなければならないと定められており、今年がちょうど5年目に当たります。
財政検証では、次の5年後の財政検証までに「所得代替率」が50%を下回ると見込まれる場合には、給付水準調整の終了その他の措置を講ずるとともに、給付及び負担の在り方について検討を行い、所要の措置を講ずるとしています。
この所得代替率とは、現役世代の税引き手取り収入に対して、どれくらいの年金額が支給されるかという比率です。例えば、税引き後の年収が400万円であれば、200万円の年金額が維持されるということです。
所得代替率50%維持の根拠になっているのは、平成16年に施行された国民年金法附則第二条において、『会社員である夫の老齢基礎年金と老齢厚生年金、専業主婦の老齢基礎年金を合計した金額が、夫の手取り収入に対して50%を上回る給付水準を将来にわたり確保する』と定められているためです。 つまり、会社員の夫と専業主婦の妻というモデル世帯で40年間保険料を納めていた場合を基準にしているので、全ての人が当てはまるというものではありません。
所得代替率は61.2%に改善
財政検証では、公的年金の健康状態をチェックするわけですが、確認するポイントとしては次の3点になります。
- ① 所得代替率
- ② マクロ経済スライドの調整期間の終了年度
- ③ 年金額の水準
今回の財政検証では、2024年度のモデル世帯(会社員だった夫と専業主婦)の所得代替率が61.2%となり、前回の2019年度財政検証では、2024年の所得代替率が60.2%まで低下すると推計されていましたので、それを上回る結果となりました。
(出所)厚生労働省「将来の公的年金の財政見通し(財政検証)」(2024年7月3日)
財政検証の見通しは、合計特殊出生率や平均寿命、入国超過数、就業者数、就業率などについて、いくつかの前提条件を置いており、中位を前提として下記のような4つのケースが推計されています。この中では「②成長型経済移行・継続」がベース予想となります。
【 所得代替率の見通し 】
ケース | 所得代替率 | 実質経済成長率(年) | 物価上昇率(年) | 実質賃金上昇率(年) | ||
2029年度 | 基礎年金調整終了年度 | 2060年度 | ||||
①高成長実現 | 60.30% | 56.9% (2039年) |
56.90% | 1.60% | 2.00% | 2.00% |
②成長型経済移行・継続 | 60.30% | 57.6% (2037年) |
57.60% | 1.10% | 2.00% | 1.50% |
③過去30年投影 | 60.10% | 50.4% (2057年) |
50.40% | ▲0.1% | 0.80% | 0.50% |
④1人当たりゼロ成長 | 59.40% | 50.1%※ (2059年) |
- | ▲0.7% | 0.40% | 0.10% |
※機械的に給付水準調整を続けると、国民年金は2059年度に積立金がなくなり、完全な賦課方式に移行し、その後、保険料と国庫負担で賄うことができる給付水準は、所得代替率37~33%程度になると試算されています。
・実質経済成長率は2023年度以降30年平均。2024年10月に施行される適用拡大(企業規模要件100人超⇒50人超)等の影響を考慮しています。
(出所)厚生労働省「将来の公的年金の財政見通し(財政検証)」(2024年7月3日)より筆者作成
「②成長型経済移行・継続」のケースでは、2024年度に61.2%となった所得代替率が、基礎年金の調整が終了する2037年度には57.6%まで低下するものの50%は維持される見込みです。
仮に過去30年間と同程度の経済状況が続いた「③過去30年投影」のケースであっても、基礎年金の調整が終了する2057年度に50%以上を維持できると試算されています。
さらに、この2つのパターンの年金額を見ると、下記のようになります。
【 モデル世帯の年金額の将来見通し 】
ケース | 年金額 | |||||
2024年度 | 2029年度 | 基礎年金調整終了年度 | 2060年度 | |||
成長型経済移行・継続 | 現役男子の手取り収入 | 37.0万円 | 38.2万円 | 41.6万円 | 58.6万円 | |
年金合計額 | 22.6万円 | 23.0万円 | 24.0万円 | 33.8万円 | ||
老齢厚生年金(夫) | 9.2万円 | 9.5万円 | 10.4万円 | 14.6万円 | ||
老齢基礎年金(夫婦) | 13.4万円 | 13.5万円 | 13.6万円 | 19.1万円 | ||
過去30年投影 | 現役男子の手取り収入 | 37.0万円 | 37.0万円 | 41.8万円 | 42.5万円 | |
年金合計額 | 22.6万円 | 22.3万円 | 21.1万円 | 21.4万円 | ||
老齢厚生年金(夫) | 9.2万円 | 9.2万円 | 10.4万円 | 10.6万円 | ||
老齢基礎年金(夫婦) | 13.4万円 | 13.1万円 | 10.7万円 | 10.8万円 |
・基礎年金の調整終了年度は、「成長型経済移行・継続」ケースは2037年度、「過去30年投影」ケースは2057年度。
・厚生年金の調整終了年度は、「成長型経済移行・継続」ケースは2025年度、「過去30年投影」ケースは2026年度。
(出所)厚生労働省「将来の公的年金の財政見通し(財政検証)」(2024年7月3日)より筆者作成
こうした結果を受けて、今後の年金改革においては年金給付額の目減りを抑えられるかということがポイントになりますが、そのための方策として5つのオプション試算が行われています。
次回のコラムでは、この5つのオプション試算と将来的な公的年金制度の課題について解説したいと思います。
【 補足 】
そもそも「財政検証」とはどういうものかお話します。 以前は「財政再計算」と呼ばれており、昭和48年から一定期間ごとに年金の保険料率と給付水準を計算していました。 これが、2004年の年金制度改正における年金財政のフレームワークの中で、- ① 上限を固定した上での保険料の引上げ(最終保険料(率)は、国民年金17,000円(2004年度価格)、厚生年金18.3%)
- ② 負担の範囲内で給付水準を自動調整する仕組み(マクロ経済スライド)の導入
- ③ 積立金の活用 (おおむね100年間で財政均衡を図る方式とし、財政均衡期間の終了時に給付費1年分程度の積立金を保有することとし、積立金を活用して後世代の給付に充てる)
- ④ 基礎年金国庫負担(税負担)の3分の1から2分の1への引上げということが決定されました。
「マクロ経済スライド」というのは、毎年、名目手取り賃金変動率や物価変動率に基づいて年金支給額の改定を行う際に、それらがプラスとなるケースにおいて、公的年金被保険者の変動率(2024年度:▲0.1%)と平均余命の伸び率(同:▲0.3%)から計算される調整率の分だけ、年金支給額の上昇を抑制するという仕組みです。
また、マクロ経済スライドの調整終了年度の決定方法は、第1段階として国民年金(基礎年金)の調整終了年度を、国民年金の財政均衡により決定します。次に第2段階として厚生年金の調整終了年度を、厚生年金の財政均衡により決定するのです。その結果、国民年金と厚生年金の財政状況の違いにより、国民年金と厚生年金の調整終了年度がずれてしまっています。
こうしたことを前提に、人口や経済の動向を考慮し、少なくとも5年ごとに、①年金財政の見通しの作成、②公的年金の給付水準の自動調整(マクロ経済スライド)の開始・終了年度の見通しを作成し、年金財政の健全性を検証する「財政検証」を行うことになっています。
(執筆 : 花村 泰廣)