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日銀総裁とは?選び方や任期から年収まで徹底解説!

2023/10/06

知恵のハコ

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今年4月に、日本銀行(日銀)の総裁が黒田東彦氏から、経済学者で元日銀審議委員の植田和男氏に10年ぶりに交代しました。戦後の日銀総裁は、旧大蔵省・財務省出身者と日本銀行出身者がそのほとんどを占めていましたが、植田氏は戦後初の経済学者出身の日銀総裁となりました。日銀総裁とはどんな人がその任務を務めどのような仕事をしているのか、選び方や任期、そして年収までを詳しく紐解いていきましょう。

日本銀行の設立背景と仕事

日銀総裁の任務の前に、日本銀行とはどんな銀行なのか、まず簡単に確認してみましょう。

1877年(明治10年)、当時の明治政府は西南戦争の費用を調達するために、大量の紙幣を発行しましたが、その結果、激しいインフレーションが発生してお金の価値が大幅に下がってしまいました。そこで、そのお金の価値を守るために、我が国の中央銀行として1882年(明治15年)に日本銀行が設立されました。

日本銀行法では、日本銀行の目的を、「我が国の中央銀行として、銀行券を発行するとともに、通貨及び金融の調節を行うこと」および「銀行その他の金融機関の間で行われる資金決済の円滑の確保を図り、もって信用秩序の維持に資すること」と規定しています。また、日本銀行が通貨及び金融の調節を行うに当たっての理念として、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」を掲げています。これをもう少し平易な言葉で表すと、日本銀行の主な役割は3つです。

  1. 銀行券(お札)の発行
  2. 金融政策を通じた物価の安定
  3. 金融システムの安定

1つ目にあるように日本銀行は、日本で唯一お札を発行できる銀行(発券銀行)です。2つ目の金融政策を通じた物価の安定に関しては、足元で物価の上昇が連日のように報道されていますが、この物価の安定を図るため日本銀行では市場に流通するお金の量や政策金利(誘導目標金利)をコントロールします。また、3つ目にあるように日本銀行は銀行から預金を受け入れたり、貸したりするため「銀行の銀行」とも呼ばれたり、国の預金口座を持っていることから「政府の銀行」と呼ばれることもあります。
このように聞くと、日本銀行は、国の機関と思われる方も多いかもしれませんが、認可法人であり政府機関や株式会社ではありません。日本銀行の運営は、「日本銀行法」という専用の法律に定められています。この、日本銀行のトップが、日銀総裁です。日銀総裁の役割、任期、任命手順なども日本銀行法に規定されています。
それでは、日銀総裁の役割や決定方法について見ていきましょう。

日銀総裁の役割と選び方

日本銀行法には、日銀総裁の役割について「総裁は、日本銀行を代表し、政策委員会の定めるところに従い、日本銀行の業務を総理する」と記載されています。「総理」というのはとりまとめて管理するといった意味です。日銀総裁の最も重要な役割は、日本銀行の仕事である物価と金融システムの安定に向けた金融政策のかじ取りです。
日本銀行は、年に8回「金融政策決定会合」という会議を開いて、世の中に出回るお金の量や金利の水準をどうコントロールするか議論しており、この議長を務めるのが総裁です。
その他、国会やG7、G20の財務相・中央銀行総裁会議などの国際会議に出席して、各国の中央銀行総裁らと国際金融情勢を議論することも日銀総裁の大きな役目です。
日銀総裁が議長を務める、政策委員会や組織について見てみましょう。

【日本銀行組織図】

日本銀行組織図

出所:日本銀行HPよりアセットマネジメントOne作成

日銀総裁の決定方法は、参議院、衆議院の同意を得て、内閣が任命します。日本銀行が独自に総裁を選ぶことはできません。総裁決定のプロセスは、まずは政府が国会に人事案を提示し、候補者は衆議院・参議院の議院運営委員会で行われる「所信聴取」で所信を表明し、審議を受けます。その後、衆参両院の本会議で採決が行われ同意されれば、候補者の総裁就任が正式に決まります。
総裁人事は衆議院の優越がなく、両議院の同意を得る必要があるため、手続きは法律や予算より厳しくなっています。
日銀総裁の任期は、5年で再任も可能です。日銀の独立性や中立性を踏まえ、任期中は政府や国会の意向で解任されることはありません。歴代最長の総裁を務めたのは、今年3月まで総裁を務めていた黒田氏で、2期10年総裁を務め歴代最長となりました。

歴代総裁

今年総裁に就任した植田氏は32代目の総裁になります。日銀総裁は、明治15年10月6日に着任した初代総裁の吉原重俊から始まりました。吉原氏は総裁として、当時政府と全国各地の「国立銀行」が発行していた不換紙幣の回収整理を進め、日本銀行が発行する兌換銀行券を現金通貨の中心とすることに尽力したほか、手形・小切手の流通を推進するなど、近代的な金融制度の整備に努めました。 戦前の日銀総裁には、三菱財閥を築いた岩崎弥太郎氏の弟・岩崎彌之助氏や、二人を支えた川田小一郎氏、日本初の銀行の設立や様々な会社設立に携わった渋沢栄一氏の孫の渋沢敬三氏など、経済界出身者と旧大蔵省出身者が務めていました。 第二次世界大戦後の17代総裁の新木栄吉氏からは、ほとんど日本銀行と財務省(旧大蔵省)の出身者が総裁を占めており、植田氏は戦後初の経済学者出身の総裁となりました。

【歴代日銀総裁】

氏名就任退任出身地出身
1 吉原重俊(よしはらしげとし) 明治15年10月 6日 明治20年12月19日 鹿児島県 旧 大蔵省
2 富田鐵之助(とみたてつのすけ) 明治21年 2月21日 明治22年 9月 3日 宮城県 旧 大蔵省
3 川田小一郎(かわだこいちろう) 明治22年 9月 3日 明治29年11月 7日 高知県 三菱財閥
4 岩崎彌之助(いわさきやのすけ) 明治29年11月11日 明治31年10月20日 高知県 三菱財閥
5 山本達雄(やまもとたつお) 明治31年10月20日 明治36年10月19日 大分県 郵便汽船三菱会社
6 松尾臣善(まつおしげよし) 明治36年10月20日 明治44年 6月 1日 兵庫県 旧 大蔵省
7 高橋是清(たかはしこれきよ) 明治44年 6月 1日 大正 2年 2月20日 東京都 日銀
8 三島彌太郎(みしまやたろう) 大正 2年 2月28日 大正 8年 3月 7日 鹿児島県 横浜正金銀行
9 井上準之助(いのうえじゅんのすけ) 大正 8年 3月13日 大正12年 9月 2日 大分県 旧 大蔵省
10 市来乙彦(いちきおとひこ) 大正12年 9月 5日 昭和 2年 5月10日 鹿児島県 旧 大蔵省
11 井上準之助<二度目の就任> 昭和 2年 5月10日 昭和 3年 6月12日 大分県 旧 大蔵省
12 土方久徴(ひじかたひさあきら) 昭和 3年 6月12日 昭和10年 6月 4日 三重県 日銀
13 深井英五(ふかいえいご) 昭和10年 6月 4日 昭和12年 2月 9日 群馬県 ジャーナリスト
14 池田成彬(いけだせいひん) 昭和12年 2月 9日 昭和12年 7月27日 山形県 三井銀行
15 結城豊太郎(ゆうきとよたろう) 昭和12年 7月27日 昭和19年 3月18日 山形県 日銀
16 渋澤敬三(しぶさわけいぞう) 昭和19年 3月18日 昭和20年10月 9日 東京都 第一銀行
17 新木栄吉(あらきえいきち) 昭和20年10月 9日 昭和21年 6月 1日 石川県 日銀
18 一萬田尚登(いちまだひさと) 昭和21年 6月 1日 昭和29年12月10日 大分県 日銀
19 新木栄吉<二度目の就任> 昭和29年12月11日 昭和31年11月30日 石川県 日銀
20 山際正道(やまぎわまさみち) 昭和31年11月30日 昭和39年12月17日 東京都 旧 大蔵省
21 宇佐美洵(うさみまこと) 昭和39年12月17日 昭和44年12月16日 山形県 旧 三菱銀行
22 佐々木直(ささきただし) 昭和44年12月17日 昭和49年12月16日 山口県 日銀
23 森永貞一郎(もりながていいちろう) 昭和49年12月17日 昭和54年12月16日 宮崎県 旧 大蔵省
24 前川春雄(まえかわはるお) 昭和54年12月17日 昭和59年12月16日 東京都 日銀
25 澄田智(すみたさとし) 昭和59年12月17日 平成 1年12月16日 群馬県 旧 大蔵省
26 三重野康(みえのやすし) 平成 1年12月17日 平成 6年12月16日 大分県 日銀
27 松下康雄(まつしたやすお) 平成 6年12月17日 平成10年 3月20日 兵庫県 旧 大蔵省
28 速水優(はやみまさる) 平成10年 3月20日 平成15年 3月19日 兵庫県 日銀
29 福井俊彦(ふくいとしひこ) 平成15年 3月20日 平成20年 3月19日 大阪府 日銀
30 白川方明(しらかわまさあき) 平成20年 4月 9日 平成25年 3月19日 福岡県 日銀
31 黒田東彦(くろだはるひこ) 平成25年 3月20日 令和 5年 4月 8日 福岡県 財務省
32 植田和男(うえだかずお) 令和 5年 4月 9日 - 静岡県 経済学者

出所:日本銀行HP資料、三菱グループHP「三菱の人ゆかりの人」、日本記者クラブHPなど各種資料をもとにアセットマネジメントOne作成

日銀役員の年収はいくら?

日本銀行の役員は、「銀行の銀行」、「政府の銀行」というように重責を担っています。役員の報酬はいくらで、どのように決まっているのでしょうか。
日本銀行の役員報酬は、日本銀行法第31条に基づき、「特別職の職員の給与に関する法律」(昭和二十四年法律第二百五十二号)の適用を受ける国家公務員(以下「特別職国家公務員」という。)の給与その他の事情を勘案して定めることとされています。
昨年11月に日本銀行は、2022年度の役員年収を前年度比0.4%引き上げると発表しました。引き上げは3年ぶりとなり引き上げ後の黒田東彦総裁の年収は3,515万円、副総裁は2,777万円、審議委員は2,663万円となりました。今回は国家公務員の特別職の給与増額を踏まえた対応で、毎月支給する役員俸給は据え置き、民間企業のボーナスにあたる役員手当を引き上げました。

2023年3月末時点の日本銀行役員の報酬は、下記の通りになっています。

  役員年収任期人数
単位 万円
総裁 3,515 5 1
副総裁 2,777 5 2
審議委員 2,663 5 6
監事 1,575 4 3人以内
理事 2,146 4 6人以内

2023年3月末時点

出所:平成九年法律第八十九号日本銀行法、日本銀行HP資料をもとにアセットマネジメントOne作成

日銀総裁の年収が、約3,500万円と聞いて皆さんは高いと思いますか?安いと思いますか?
筆者は個人的には、プロのスポーツ選手の年収や人気のアーティストの年収などを考えると、日本の経済のかじ取りという重責を負う対価としては安いのではないかと感じました。
そこで、米国で金融政策のかじ取りをする米連邦準備制度理事会(FRB)議長のパウエル氏の年収についても調査してみました。FRB議長の報酬は米国議会で決定されており、FRB議長や財務長官など最上級の米政府職員の昨年の報酬は22万6300ドル(約3376万円、9月29日時点1ドル=149円30銭で計算)が上限と定められており、他の高官と同様にパウエル氏の報酬は2014年から凍結されていることがわかりました。パウエル議長や、植田日銀総裁の発言は、一言で市場を動かす影響力があるかもしれませんが、プロのスポーツ選手、人気アーティスト、世界的な大企業のトップなどと比較しても高い年収ではないことが分かりました。

いかがでしたでしょうか。日本銀行の仕事、そのトップである総裁の役割、組織などについてみてきました。 足元では連日のように物価上昇の話が聞こえてきますが、この物価の安定を図ることや、黒田元総裁時代の異次元の金融緩和後の金融政策など、日本経済の重要なかじ取りが植田総裁の役割になっています。今回の記事が日本銀行や日本経済の動向に興味を持つきっかけとなれば幸いです。

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