【調査を読み解くシリーズ】インフレへの対応手段としての「投資」の浸透は道半ば
2025/06/13

「調査を読み解く」シリーズの第2回。今回は私たちの生活を悩ます「インフレ(物価の上昇)」に関するデータに注目してみたいと思います。
継続するインフレに悩む生活者
インフレ(物価の上昇)が続いています。最近では、お米の価格高騰のニュースを見ない日はありません。多くの人が、さまざまなモノやサービスの価格が上がっていることを実感しているのではないでしょうか。
【図表1】は家庭で消費するモノやサービスの価格の動向を示す消費者物価指数(前年同月比)の推移を示しています。ここでは「総合指数」と「食料」に着目してみましょう。このグラフは前年同月比の値を示していて、前年の同じ月と比べて物価が何パーセント上昇・下落したのかを知ることができます。
2020年1月以降の動向を見てみると、総合指数(消費者物価指数の調査対象品目すべてから構成)は2021年夏ごろからインフレが続いており、ここ3年ほどは前の年に比べ3%前後のインフレが定着しています。単純に考えると、現在1万円で買えるモノが10年後には1万3,000円を支払わなければ買うことができなくなる計算です。その分給料が上がれば問題ありませんが…。
筆者も含め、多くの人が最も敏感にインフレを感じるのが食べ物の価格ではないでしょうか。食料の物価の推移を見ると、総合指数を大きく上回るペースで価格の上昇が進んでいることが分かります。報道などで取り上げられるのは「総合指数」や「生鮮食品を除く総合指数」です。ニュースで見るインフレ率よりも、もっと実際の物価は上がっていると感じるのは、食料品や電気、ガスといった日常生活と密接したモノやサービスの価格がそれ以上に上がっているからと言えます。このインフレは今後も続くと考えられています。
【図表1】
消費者物価指数(前年同月比)の推移|総合指数、食料
出所:総務省統計局「消費者物価指数」のデータを基にアセットマネジメントOne作成
インフレに対して、世の中の人々はどのように考えているのでしょうか。【図表2】は内閣府が毎年実施している「国民の生活に関する世論調査」の結果です。今後、政府がどのようなことに力を入れるべきだと思うかを聞いたところ、「医療・年金などの社会保障の整備」(64.6%)、「景気対策」(58.7%)、「高齢社会対策」(52.2%)などを上回って、「物価対策」を挙げた人の割合が66.1%で最も多く、一番の悩みはインフレであることがうかがえます。
【図表2】
政府に対する要望(上位10項目)|2024年8月調査
出所:内閣府「国民生活に関する世論調査」を基にアセットマネジメントOne作成
「物価対策」が過去からずっと高い要望として挙がっていたわけではありません。【図表3】をご覧いただければ分かる通り、2021年9月の調査では32.9%であったのが、2022年10月の調査では64.4%と急激に増加し、それ以降も60%を超える回答が続いています。 先の【図表1】を改めて確認すると、2021年9月の物価は前年同月(2020年9月)とほとんど変わらない状況でした。しかし、2022年10月は前年同月(2021年10月)に比べて約4%の物価上昇が見られました。この急激な物価上昇が「物価対策」を求める声の急増につながったと考えられます。それ以降も同じようなペースで物価の上昇が続いているため、政府に対する「物価対策」の要望が高い割合で継続しています。
この結果から、国民は目の前の悩みに対して敏感に反応していることが分かります。
【図表3】
政府に対する要望で「物価対策」と回答した割合
出所:内閣府「国民生活に関する世論調査」を基にアセットマネジメントOne作成
インフレへの対応手段としての「投資」の浸透は進んでいるのか?
ここまでは足元のインフレについてお話ししました。インフレが続くと、現金の価値が相対的に減少します。 例えば【図表4】のように、前年同月比で2%のインフレが10年続くと、現金の価値は約18%減少します。これが30年続くと、現金の価値は約45%も目減りする計算になります。足元のように3%や4%の物価上昇が続く場合には、現金の価値はもっと減少することになります。
【図表4】
物価変動による1,000万円の実質的価値の変化
※上記は、アセットマネジメントOneによる試算であり、実際に投資した場合の将来における投資成果等を保証するものではありません。
インフレに対して、自分の資産を守る必要があります。対応手段の一つとして、株式や投資信託など、収益率がインフレ率を上回ることが期待できる金融商品への「投資」が挙げられます。
ここで、インフレへの対応手段としての「投資」に関するデータを見てみたいと思います。
投資信託協会のアンケートの「投資信託の購入目的」という質問に対する回答項目に、「インフレ(物価上昇)に備えるため」が2024年の調査から新たに追加されました。
「インフレに備えるため」と回答した割合は全体の10.2%と、購入目的としては低い割合でした。(【図表5】)
【図表5】
投資信託の購入目的(現在保有層・保有経験層)
出所:投資信託協会「2024 年(令和6年)投資信託に関するアンケート調査報告書(全般編)」を基にアセットマネジメントOne作成
投資信託協会のアンケートでは新たに追加された回答項目であるため、過去からの推移は分かりませんが、日本証券業協会が3年に1度実施している「証券投資に関する全国調査」では、インフレと投資に関する過去からのデータを見ることができます。(【図表6】)
「証券投資が必要」な理由に対する回答項目に「将来のインフレに備えることができる」という項目があります。そのように回答した割合は、2024年の調査では21.4%でした。時系列に見ると、2015年は11.3%、2018年は12.0%、2021年は14.2%と、10%台前半からインフレの加速とともに増加しています。とはいえ、「証券投資が必要」と回答した人のうち、5分の1程度であり、インフレへの対応手段としての「投資」はまだ十分に浸透しているとは言えません。
【図表6】
【調査年度別】 「証券投資が必要」な理由
出所:日本証券業協会「2024年度(令和6年) 証券投資に関する全国調査(個人調査)」を基にアセットマネジメントOne作成
インフレへの対応手段としての「投資」がなかなか浸透しない理由として、以下のような点が挙げられます。
- 生活者は「目の前のインフレ」という悩みを抱えており、将来のお金を増やすための投資とは時間軸がずれているため。
- インフレへの関心の高まりはこの3年間であるので、投資によってインフレに備えることができたという成功体験がまだないため。
目の前の家計も重要ですが、インフレが継続する将来を見据えて、中長期の資産形成をすることを同時に考えることも重要です。
現在投資をしている人々が将来、インフレ率以上の投資成果を得る成功体験を積み重ねることで、インフレへの対応手段としての「投資」という選択肢が浸透していくことが期待されます。
インフレから資産を守る手段としての「投資」の必要性を伝えることは今後ますます求められてくるでしょう。多くの人々がインフレに対して適切な対策を選択できるよう、金融機関や金融経済教育を行う組織や専門家による分かりやすい情報提供などのサポートが望まれます。
(執筆 : 坂内 卓)