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ポーランドってどんな国?歴史や経済、ロシアとの関係まで分かりやすく解説

2022/05/13

知恵のハコ

ポーランドと言えば、ヨーロッパの中央に位置し、ショパンの故郷。素朴なハンドメイドの伝統的な陶器や、飴色の琥珀ジュエリーを思い浮かべる人も多いかと思います。
また、イギリスと同様にユーロではなく、独自の通貨を採用しているヨーロッパの中では少数派の国でもあります。本記事では、そんなポーランドの概要や歴史、経済について見ていきたいと思います。

ポーランドの基本情報

ポーランドは中東欧の国で、北はバルト海に面しています。西はドイツ、南はチェコとスロバキア、東はウクライナ、ベラルーシ、北東はロシア(カリーニングラード)に面しています。
ポーランドは、ポーランド語で「ポルスカ:POLSKA」。「ポルスカ」は 「平原」を意味する「POLE:ポーレ」が語源となっており、国土の大半は平原となっています。
気候は、夏の暑い日には30℃を超えますが、湿度が低く爽やかで過ごしやすいようです。冬はマイナス5℃~5℃程で、寒い日にはマイナス15℃くらいまで気温が下がることがあります。

面積 32.2万平方キロメートル (日本の約5分の4)
人口 約3,827万人(2020年末)
首都 ワルシャワ(約179.4万人)
民族 ポーランド人(人口の約97%)
言語 ポーランド語
宗教 カトリック(人口の約88%)
通貨 ポーランド・ズロチ

ポーランド

ポーランドの歴史

1795年、ポーランド国家が消滅し、帝政ロシアの支配下に置かれていた中、ポーランドの人々の心は自国を取り戻したいとの想いが強くなりました。
フランス革命の影響を受け、1830年11月ワルシャワでポーランドの反乱が起きましたが、帝政ロシア軍に制圧され、革命は失敗に終わりました。この時の挫折や怒りからショパンが作り出した曲が、有名な「革命」です。
そして、その後もロシアによるポーランドの抑圧はしばらく続きました。ポーランドの欧州への復帰は第2次世界大戦後、1999年のNATO加盟、2004年のEU加盟を経てようやく実現しました。

ポーランドの歴史

年月ポーランドの略史
966年 ピアスト王朝の成立(建国)、キリスト教を受容  
1386年 ヤギエウォ王朝の成立  
1573年 選挙王朝  
1795年 第3次分割によりポーランド国家消滅 3度にわたり、ロシア、プロシア、オーストリアの隣接三国に分割され、第一次大戦終了までの123年間世界地図から姿を消す。
1918年 独立回復  
1945年7月 国民統一政府の樹立 第二次大戦ではソ連とドイツに分割占領される。
1989年9月 非社会主義政権の成立 大戦後は、ソ連圏に組み込まれたが、「連帯」運動(1980年代)など自由化運動が活発となり、東欧諸国の民主化運動をリードした。1989年9月、旧ソ連圏で最初の非社会主義政権が発足した。
1999年3月 NATO(北大西洋条約機構)加盟 「欧州への回帰」を目指す
2004年5月 EU(欧州連合)加盟  

ポーランドの歴史

ポーランドの経済

ポーランドは地理的にも歴史的にもロシアやウクライナと近い関係にあります。では、東欧におけるポーランドの経済はどのように発展してきたのでしょうか。

ポーランドの経済水準は、90年代初めには一人当たりGDP(国内総生産)で日本の3割程度(米ドルベース)でした。しかし、その後は「欧州への回帰」を目標に堅調に経済発展し、EU加盟後の2006年には日本の5割程度(米ドルベース)の経済水準となりました。そして、2014年にはロシアを追い越し、近年では東欧の経済を牽引し、この地域で最も高い経済成長を実現してきました。

一人当たり実質GDPの推移

一人当たり実質GDPの推移

※一人当たり実質GDP(米ドルベース)の期間:1980年~2027年(ロシア:1990年~2027年、日本:2016年以降は予測、ポーランドおよびロシア:2022年以降は予測)

※上記は過去の情報であり、将来の動向を示唆・保証するものではありません。

新型コロナウイルス感染拡大およびそれに伴う経済活動の停滞を受け、ポーランドの実質GDP成長率(前年比)は2020年4-6月期にはマイナス8.2%と大幅に落ち込みましたが、政策金利の引き下げ等の大規模な経済対策を打ち出し、2021年4-6月期には前年比11.4%と高い伸びを示しています。

ポーランドの実質GDP成長率(前年比)の推移

ポーランドの実質GDP成長率(前年比)の推移

※ポーランドの実質GDP成長率(前年比)の期間:2012年1-3月~2021年10-12月(四半期)

※上記は過去の情報であり、将来の動向を示唆・保証するものではありません。

足元の金利政策と為替の動き

ポーランド政府は1991年より米ドルや独マルク等5つの通貨バスケットに対するクローリング・ペッグ制度を採用してきました。しかし、2000年4月に国際通貨市場における通貨ズロチの為替自由化を決定し、クローリング・ペッグ制を廃止して変動相場制に移行しました。このため、ポーランドは独自に金融政策を変更することが可能です。
*為替相場を安定させるために、予め変動幅をアナウンスし、為替相場を小刻み、かつ、頻繁に、期間を設けずに調整する為替相場制度。

足元のNBP(ポーランド中央銀行)の金融政策を確認してみると、2021年10月に、世界的なエネルギーや農作物の価格高騰の影響を受けたインフレ率の上昇を抑制するため、9年ぶりに政策金利を引き上げています。2022年2月8日には政策金利を更に0.5%引き上げ、2.75%としました。
2022年2月24日にロシアがウクライナへ軍事侵攻を行ったことに対し、G7(主要7カ国)など各国はSWIFT(国際銀行間通信協会)からロシアの主要7行を排除するなど強烈な経済制裁を科しました。それを受けてズロチを含む欧州通貨はロシア・ルーブルに連れて大きく下落する場面も見られました。
しかし2022年3月8日、NBPは、エネルギー価格等の高騰や輸入物価の上昇によるインフレを抑制するため、予想を上回る0.75%の政策金利の引き上げを行い、9年ぶりの高水準となる3.5%としました。これを受けて、ポーランド・ズロチは反発しました。

IMF(国際通貨基金)の2022年3月15日発表によると、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻により、今後世界経済全体が成長減速とインフレ加速の影響を受けることになると予測されています。欧州各国の多くがユーロを採用する中で、ポーランドは独自の通貨を持つことから、こうした環境の変化に対しても独自の金融政策で対応していくことになります。

政策金利と米ドル/ポーランド・ズロチの推移

政策金利と米ドル/ポーランド・ズロチの推移

※政策金利と米ドル/ポーランド・ズロチの推移の期間:2012年3月~2022年3月(月次)

※上記は過去の情報であり、将来の動向を示唆・保証するものではありません。

欧州は地続きということもあり、歴史的に絶えず争いが繰り返されてきました。そして、今まさに地続きにあるロシアがウクライナへ侵攻し、大きな影響を受けています。こうした環境の中で、“欧州”と一括りせずにユーロ圏とは一味違った国としてポーランドに注目してみると、世界経済の違った一面が見られるかもしれませんね。

出所:外務省、ブルームバーグ、IMF、各種資料のデータをもとにアセットマネジメントOne作成

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